銀盤にてのコーカサスレース?
         〜789女子高生シリーズ
 


       



 何とも不自然な格好でリンクの下へ埋まっていたカードキー。どうしても気になったせいだろか、一体いつから思い出していたのやら、かつて侍と呼ばれた軍人時代に身につけていた必殺の刀技。切れ味も増すがそれより何より、触れたものの分子構造にまで作用が及び、鋼鉄だろうが岩石だろうが自在に切り裂き、破砕出来るという“超振動”にて、掘り返しての奪還に成功したはよかったが。(…良かったか?)

  「おっと。そっちのお嬢さん。それは渡してもらおうか。」

 では参ろうかと立ち去りかかった三人娘へ、不意な声が掛かったものだから。そうかやはり、今日という一日のあちこちへ散りばめられていた、ささやかな不審のあれやこれやは、穏当ではない何かの切れ端だったのかと。この展開からあっさり飲み込める切り替えの冴えもまた、ごくごく普通の女子高生にはあるまじきレベルの機転と言えて。

 「一体どうやってほじくり出したんだかは知らないが、
  俺らは それに用があってな。」

 どこかぞんざいな口利きの相手は、先程 彼女らを引率して来た教師陣と何やら会話を交わしていた、フロント係の傍らに作業着で立っていた男。それと、

 「…っ。」

 振り返った顔触れの視野に収まったのが、そやつ一人ではなかったのが大問題。

 「大人しく渡しな。
  さもないと、こっちのお嬢さんが怖い想いをすることになんぞ?」

 自分たちが面倒ごとへ巻き込まれつつあることへは、特に動揺もなかった彼女らだったが。自分たちと同じスポーツウェア姿のお嬢様が、痛々しくも羽交い締めになっていたのへは、さすがに“うっ”と息を飲んでしまう。まだスケート靴を履いたままでいるとは、どんだけ身支度がトロいお人かと思ったが、後になって判ったのが、

  いつもいつも3人でつるんでおいでの彼女らを、
  何とはなくマークしていての結果だったとか。

 そう。何でまたこのお人がと、そっちの意味からも???と感じた三人娘だったほど、意外にも程がある人。先日来からこっち、微妙に彼女らへ棘ある態度を向けてたらしい、某重工業理事のご令嬢、右京寺さんのところの綾子お嬢様が、しっかり人質になっておいでだったのであり。

 『悪態ついたのが裏目に出てしまい、
  立場が悪くなったの挽回したかったってクチでしょか。』
 『???』
 『アタシらの行動から何か尻尾を掴もうと、
  それでのことこっちを注目していたのかもってことですよ。』
 『〜〜〜?』
 『つくづくと巡り合わせの悪いお人ですよねぇ。』
 『まま、これでアタシらへ関わることは無くなるかもですが。』

 深入りしたがためにロクな目に遭わなかったと、身を持って知ってしまえばねぇ。(苦笑) とはいえ、それもこれも後日談なのであり、

 「ったくよ。
  貸し切りになるなんて聞いてねぇと焦ったが、
  初心者だらけなんでホッとしてりゃあ、
  あんたらだけが何でか飛び抜けて巧い上に、それに気がつく始末じゃねぇか。」

 伝法な口を利くその男が顎をしゃくって示したのは、やはり久蔵の手にあるカードであり。こちらが平然としているのとは実に対照的。見ず知らずの男から何とも乱暴に懐ろに抱え込まれ、しかも何だか尖っている刃物を向けられているという現状に、つややかな黒髪のお嬢様、今にも気が遠くなってしまい、その場へ座り込みそうなほど震えておいで。彼女の他の生徒たちは、このフロアからはすっかりといなくなっており。これからロッカーへ置いてある手荷物を取り出し、ロビーでクラス別に点呼を取っての帰宅の途に着くまで、

 “早く済んだと見積もって、30分ってトコですかね。”

 自分たちの不在へ誰かが気づいて様子を見に来ては、却って騒ぎが増大しかねない。そうなった結果、こやつが自棄になって、本来の目標を見失い、本格的にあちらのご令嬢を盾にして逃げようなんて考えたなら? それこそ、何をどうすれば得策かという判断の精度が落ちてしまい、闇雲に彼女を引っ張り回したり、下手を打てば怪我をさせるよな事態へだって発展しかねないと来て。まず動いたのが、

 「いやっ、こわいー。」

 どういう意味かを把握するのに一瞬の間が要ったほど、恐らくは棒読みだろう、微妙に不自然な抑揚で叫んだそのまま。思い切りの“万歳”をして見せた三木さんちのお嬢様。両手を思い切り頭上のその向こうへまで届けとばかりに振り上げたその拍子、

 「あ…っ!」

 細い指先に摘まんでいただけだったカードが、それはきれいな回転を描きつつ、ひゅんっと宙を掻っ飛んでゆく。軍手という手套越しだったのも不味かったようであり、

 「な、何してやがるっ!」

 それをこそ目的としていた作業服姿の輩が、想いもよらぬ級のあまりの突発事へとあっさり釣られ、視線をそちらへと浮かせたほんの刹那の隙を…見逃さずしてどうするか。

 「えいっ!」

 こっそりとウィンドブレーカ・コートのポケットへ手を忍ばせていた平八が、そこから掴み出した携帯を男の顔を目がけて投げつけ。急接近してくる何かの影にハッとし、振り払おうという、とりあえず自身の防御を選んでしまった反射から。ますますのこと人質から遠のいたナイフという凶器を目がけ、大きな一歩を踏み出した七郎次の長い脚が、宙を裂くよに“ぶんっ”と繰り出されている。

 「哈っ!」

 ただの蹴りじゃあない、エッジつきのスケート靴にてその手元を外向きへと蹴り飛ばされたことで、

 「うわあっ!」

 ほんの瞬く間という一刻へ、思わぬ行動を幾つも畳み掛けられた上でのとんでもない激痛とあって。ナイフを取り落としつつも、たまらず後方へと間を空けるべく後じさった賊であり。片や、

 「ありゃ?」

 平地で、しかも安定した足元じゃあないのはお互い様で。ただのスピンならともかく、がっつりと相手を蹴ったということは、その分の力が逃げずに跳ね返って来たワケで。こちらも滑りのいい足元だったため、多少の覚悟はあったとはいえ、どんと押されたように後ろへ弾き飛ばされかかった白百合さん。それを見たからか、

 「あ、久蔵殿?」

 特に打ち合わせた訳じゃあなかったが、目的らしきカードキーを遠くへ放ったならば、相手もややこしい人質なんて とっとと見切って向こうを追うはず。その隙にこっちは尻に帆かけてすたこら逃げる…という流れを、自然な段取りとして把握していた彼女らだったはずなのに。何を思ったか、自分が跳ね飛ばしたカードを追ってという方向へ、くるりと振り返るといきなり氷上を駆け出した紅バラさん。

 “ましてや素人さんも抱えてるのに。”

 相手が後ろへ吹っ飛ばされたその隙、こちらは平八が飛び込むことで、人質さんは無事に確保している。突っ込んだそのままという勢いに任せ、いまだ硬直している彼女の腕を引き引き、手近な昇降口へぐいぐいと引っ張って退避の態勢に入っていた平八もまた。その軌跡を追ってのこと、唖然とさせられてしまった久蔵の行動だったが、

 “そか、相手の一番間近でバランスを崩したシチさんだったから…。”

 逆上した相手が新たな人質にと白百合さんへ掴み掛かったら? 腹立ち紛れに手を挙げたら? そんなこんなを恐れたか、ほらほらこっちを追わないかと煽りつつ、鬼さんこちらと駆け出した彼女なのだというのが、すぐさま閃いたひなげしさんとしては、

 “そういうところを、後で兵庫せんせえに叱られるんですのにね。”

 たとえ その果敢さに見合うだけの腕っ節をしていても、わざわざ危険なほうへと突っ走るのはやめてくれと、再三再四 言われておろうに。それでもついつい、いかにもな令嬢としての防御“ただただ助けを待つ”という選択を、なかなか選べない彼女らなのは。気絶できないほど気丈が過ぎるのとそれから、

 “昔とった杵柄、なんでしょうかねぇ、これも。”

 当初の予定からして、40でこぼこという軍勢を、たった7人という頭数にて畳んでほしいと言われた依頼。結果、百以上は優にいただろう、しかも機巧躯だらけの大軍勢を向こうに回し、それでもあっさりと伸しただけはあった手練れ揃いだった、そんな もののふの血が騒ぐのかも知れぬ。ましてや今の彼女らは、そりゃあ仲のいいお友達同士。大事な親友がぞんざいに扱われたなら、絶対に謝らせちゃると胸倉掴みたくなるし。窮地の顎(あぎと)に呑まれんとしていたならば、何をすれば助けられるのかを素早く割り出せるのが当たり前という身になっており。かくいう平八もまた、

 「あなたもついていらっしゃい。」

 リンクから素早く出ると、もどかしげにしつつもスケート靴の紐を解き。連れていた彼女がもたついているのへは、

 「…失礼。」

 どっから出したか、ご当人の指先ほどという小さなナイフを手の中へとすべり出させ、えいやと振り下ろしたことで…相手の靴紐をぶつぶつっと切り裂く手際のよさよ。そのまま靴を、踏み蹴るよう指示して脱がせてやって、

 「ほら早く。裸足じゃないだけマシと思って。」

 特殊なカーペットの敷かれたフロアをたかたかと駆け出していた二人ほど。何をどうするかの打ち合わせは、当然のことながら目配せ一つだって交しちゃあいないが、

 “…バックヤード、もしかしてボイラー室へ向かったかな?”

 バランスを崩してしまったが、さして焦ることもなく体勢を立て直した七郎次が、逃げたひなげしさんたちの行方を目で追った。素直に逃げないのはあちらも同じかとの苦笑つきだったのは言うまでもない。そんな彼女らへは勿論のこと、七郎次へも注意は向かぬまま、いきなり駆け出した久蔵へ まんまと焦って見せたのが、

 「待てっ!」

 そんな彼女を追い駆けることにした怪しい作業服の男。何分にも出足が違ったし、装備も違う。普通の駈けっこでも追いつかれはしない自信があったし、ましてや今はスケート靴を装備中。足元へブースターを取り付けたようなものであり、あっと言う間に自分が放ったカードの落下点へと到達していて、

 「…っ。」

 コツリと落ちて角で跳ねたの、ひょいと手際よく受け止めたそのまま。尚の加速をと氷上をぐんぐんと掻いて掻いて。追っ手から大きく水を空けるほど引き離したことで、安心しかかった久蔵だったが、

 「…っ!」

 そんな彼女の行く手を塞いで。もう一人の、こちらはブレザー姿というフロント担当だろう係員が、氷上へと踏み出して来ておいで。走行風になぶられて、金の綿毛の裾を軽やかに舞い上げられながらも、その緋色の口許がうっすらとほころんだ紅バラ様。

 “…そうだろうな。”

 恐らくは支配人でもあるはずの、フロント係の側だけは正式な社員だったなら。こっちの怪しいボイラー担当と並んで、女学園の関係者へ何やら説明していた構図はおかしい。リンクの管理というのは、ただのバイトがこなせる仕事じゃなし、それでなくともエグゼクティブ向けの会員制施設なその上、名家の令嬢ばかりがやって来たような日。そんな重要な日の責任者であるのなら、

  ―― それが本社からの手配であれ、
     飛び込みで採用されたというよな人物が
     今日の此処へ作業員として配置されているのは、
     平仄が合わなさすぎる…と

 現に怪しい素性の輩、不審に思わぬままだなんて節穴にも程があろう。よってのすなわち、

 “こいつも仲間、か。”

 足元はスケート靴ではないながら、焦らずにいるなら革靴でも、十分立っていられよう走れもしようし。真っ直ぐすべって来る女子高生一人、しかも悲鳴を上げて駆け出したような小心な小娘。その正面で道を塞ぎ、真っ向から受け止めるだけならば、さしたる力も工夫も要らぬと思ったらしかったが、

 「……っ!」

 随分な加速もて、そのまま衝突しかねぬ勢いですべって来た久蔵が、不意に…くるりと背中を向けた。先程から、こちらのリンクにて繰り広げられていた、バックステップの応用編。直進して来て、途中でその進行方向へ背を向け、氷上を蹴ってのジャンプへ至る間を取るかのような態勢に入った久蔵だったが。相手は結構な上背の持ち主、どう飛んでも…腕を伸ばされたなら捕まえられよう距離にまで迫ってもいて。

 「そんなもんで逃げられると…。」

 思っているなら甘いと言いたいか。せせら笑うように余裕を見せつつの宣告だったらしいのが、途中であっさり掻き消されたのは。突進していた勢いはそのままに、されど背中を向けたお嬢さんの足元から、突然途轍もない勢いで舞い上がったものがあり。

 「え? ………うあっっ!」

 それは正しく、豪雪地帯で“しまき”と呼ばれる地吹雪の如く。金髪の少女が通過したその姿を覆い隠すように、高く高く噴き上がった氷粉の突風だったりし。単にエッジで氷の表面を削っただけとは思えぬほどの、とんでもない量と勢いで舞い上がり、しかもそれが…進行方向にいた男へと叩きつけるように襲い掛かったから、これはもう尋常なことじゃあないというもの。

 “あれって…。”

 勿論、どんな名手がやったとて、一応は整備されている平らかなリンクの氷がああまで大量に削られ、しかも舞い上がったそのまま進行方向の向こうへ飛びようはずがないのは明白。驚いたあげくに足元不如意から転げてしまった支配人がいたところへと、

 「わあっ!」

 久蔵を負って来たもう一人が突っ込む格好になり、絵に描いたようなクラッシュを起こしている始末。それを遠目に眺めつつ、

 “さては…久蔵殿。”

 あの超振動、昨日や今日いきなり使えるようになったワケじゃあなさそだなと。使い勝手の巧みさへ、半ば呆れた白百合さんであり。一方では、

 「シチさん、久蔵殿っ!」

 フロアのほうからの声が飛び、そちらを見やれば…赤毛のお嬢さんがその両手を精一杯に振り回し、こっちだこっちだとの手招きをしておいで。さすがに微笑ってまではいないが、それでも溌剌としたお顔なのへと安堵しつつ、指示のままにそちらへ向かえば、

 「さぁあ、目にもの見なさいっ!」

 その手へ握っていたのがスリムな仕様の携帯電話で。先程、暴漢へ投げつけたのも一応は拾ったらしいが、そっちとはカラリングも違うそれであり、ある程度まで七郎次と久蔵とが近づいたことを確認すると、片手の親指オンリーで、ぴぱぱっと素早く操作をしたところ、

 「え?」
 「おお。」

 何がどうなっているのやら。観客席でもあるフロアが一部、ごぉんと重々しい音を立てつつ迫り出して来ており。はたまた、隣のリンクとの狭間だったはずの空間が、その上へ敷かれてあったマットごと左右に分かれての、2リンク合体モードが稼働中ならしく。

 「そか。ヘイさんたら、此処のリンクの仕様書をどっかの端末で拾ったな。」

 そこから導き出したコードにて、手持ちのモバイル端末をコントローラーへと成り代わらせるよう、データ取り込みしたらしく。…相変わらずに末恐ろしい、エンジニア少女であることよ。
(う〜ん) 氷が満たされてはなかった部分へは、奥だったBリンクの氷が無理から押し出されて来ていたものの。だがだが、当然のことながら順を踏んだ稼働ではないからだろう、リンク周縁を縁取る囲いから無理から引き剥がされてゆく部分が、べきばきと、とんでもなくおっかない音を立てての砕けてゆく様はいっそ圧巻。そっち側へと取り残されてしまってた暴漢二人が“ひぃいっ”と焦ってへたり込んでいるのへ、

 「…ちょおっとお気の毒でしょうかしら。」
 「? そうか?」

 途中から合流した格好、手をつないでという余裕で、平八のいるところまでをすべって来た名花二輪が、肩越しに眺めやった惨状への感慨は。以上の如く、微妙に異なっていたようで。そして、

 「さあ、私たちも急いで合流しなければ。」

 こっちの用事は済んだことだし、それより何より、この物音にはさすがに気づいてのこと、引率の先生方が駆けつけますわよと。やっとのこと、他の皆様に追いつかねばとの気持ちの切り替えが働きかかった、三人娘らのその鼻先を叩いたのが、

 「…なんで。」

 何か聞こえたような気がして。何だ何だ、まだ仲間がいるのかと、警戒しつつ辺りを見回した彼女らだったが、さあ あなたも一緒にと促しかかった連れの様子がそういや訝しい。どうかしましたか、もう大丈夫ですよと平八が覗き込みかかったのと、向こうからお顔を上げて来たのとがちょうど鉢合わせをし、

 「なんで、こんなことまで出来ちゃうのよっ!」
 「………お。」

 ずっとずっと目を回す寸前でいたものが、やっとのこと正気に戻れたらしく。そんな復帰とともに、彼女の内にて真っ先に生気を取り戻した感情は、この棘々しいお声から察するに、クラスメート3人のやらかした、お嬢様にはあるまじき、とんでもない奇跡への…安堵でも驚きでもなく、微妙な憤怒であるらしかった。しかもしかも、そんな憤怒の的はといえば、


 「どうして あなたなんかにっ、あの御方は注目なさっているのよっ!」

 「………………?」


 その指先を突き立てたいか、さもなくばそこから怪光線でも出したいかのように勢いよく。こうまでの至近距離から、びしぃっと指さされたものだから。その指先を辿ってのこと、自分でも自分のお顔を指さして見せたのは誰あろう、

 「……久蔵殿に?」
 「どんな遺恨が?」
 「????」

 うんうんホントだ、不思議だねと、一番に小首を傾げていたのが久蔵殿だったのもまた、言うまでもなかったりするのであった。






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 *久蔵はレベルが上がった、技を一つ覚えた…ってとこでしょうか。(おいおい)
  今回のはでも、結構簡単な事件だったと思うの。
  裏に隠れてた真相がどんなにややこしくとも、
  彼女らにしてみりゃ此処でのこんだけの関わりだったのだしね。
  大人たちにはますますのこと大変になる訳だろけど。
(苦笑)


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